おかあさんといっしょ。

先日(5日)の「さんすう、すいすい」の問題をうちの母に「やってみてよ」と見せてみました。母は暫くじっと考え「ねこもねずみも『ね』だから記号が紛らわしい」等とうわ言のように繰り返した挙句、「大体この非常時(4匹で川を渡らなきゃならないのにボートは一艘しかない)に『一人でのるのはいやだな』だの『ねずみくんとはなかがわるい』だの我儘言うんじゃありません!!」と言い放ちました。・・・・・・。どうしよう。小学二年生の反応は尤もだ、ということでしょうか? なにはともあれ、この問題を素で間違えていた杜塚くん。あなたはうちのお母さんと一緒です。


「究極至高の口説き文句対決」(id:pandamarch)の審査を仰せ付かったので、「よい口説き文句」を探してみようと『源氏物語』を紐解いてみました。ほら、光源氏って、あれだけ女性に騒がれたんだから、さぞかし素敵な口説き文句を用意していたに違いない、と思うじゃないですか。という訳で今回の隠された(?)テーマは「元祖。究極至高の口説き文句」です。幾ら何でも時代が違いすぎて現実味が無いと思われるでしょうが、いいの。対決に参加する諸兄のため、とか、実用のため、とかじゃないんだから。

・・・・・・。ええと。本来なら藤壺。紫上。それから明石君とか女三宮。所謂「紫の縁」か「六条院の女たち」にあたる女性を挙げるべきなのですが、「現代日本でこんな方法で迫ったら犯罪か『だめんずうぉーかー』の世界だ!」というようなものしかないので採用できるものが無いなぁ。光源氏は幼女誘拐のようにして妻にした(しかも正妻の葵上が死ぬのを待って「さあこれで堂々と出来る」とばかりに)14歳の紫上を抱き、終わった後で起き上がれないほど衝撃を受けた彼女に「よしよし、ごめんね、痛かったね。次からは痛くないからね」と平気で言うような男だ。内田春菊さんの漫画に出てきそう。

で、仕方が無いから多少まともな「口説き」のある兄嫁(源氏の兄朱雀帝の最愛の女性)の朧月夜との場合を見てみましょう。「花宴」で「朧月夜に似るものぞなき」と歌いながら歩く可憐な女性が朧月夜です。源氏とは敵対する権門の娘。しかも東宮妃として入内が内定している手出しの許されない女性です。それを突然抱きすくめ、「自分には誰も逆らえないんだから騒いだって無駄ですよ」と暗がりに連れ込んでしまう。ただこれが強姦と違うのは「この君なりけりと聞き定めて、いささかなぐさめけり」(自分を抱いているのが光源氏だとわかって朧月夜は少しほっとするのだった)とあるところです。これは別に「みんなが素敵だと言っている光源氏さまにならば処女を捧げるのもやぶさかでは無い」というようなおめでたい発想ではなく、「なさけなくこわごはしうは見えじ」(あの光源氏さまに恋のわからない女だとは思われたくない)という良家のお嬢様教育の成果なのだから一層悲しいところです。一晩彼女を抱いた後、朝日に慌てながら光源氏は「また俺と会いたいんでしょう? あんた名前は?」と尋ねます。わー、こういうろくでなしが今でもたくさん居そうだ。
ここで朧月夜が返す歌が有名な「憂き身世にやがて消えなば尋ねても草の原をば問はじとや思ふ」(もしも私がこのまま死んだなら、あなただって自分の足で彷徨ってでも墓の在り処を探すでしょう。それとも名前がわからないからといって私を諦めたりなさいますか?)です。初対面の、それも手続きを踏まずに自分を犯したような男に「草の原」(=墓)というような鮮烈な言葉を使った和歌を返すというのは何故だろう、と思います。あ、これ恨み言で使った言葉じゃ無いですよ。「次はちゃんと、私を探して」ということ。朧月夜は光源氏に恋をしている。それは彼女が光源氏に抱かれる前に聞いた「深き世のあはれを知るも入る月のおぼろけならぬ契りとぞ思ふ」(こんな夜にあなたが私の目の前を通りかかったということが、そもそも運命というものですよ)という和歌に起因しているのかもしれないなぁと思います。「あぁ、口が旨いな、こんな男になら騙されちゃっても仕方無いな」と女に思わせる(お嬢さんがくらっと来そうな「運命」に訴えて)言葉が活きた訳です。
この和歌は朧月夜にとっては「口説き文句」だったんだと思います。和歌抜きに事を進めようとしたらこんな「恋」は無かったと思う。同じ歌をもっと貞操観念の強そうな女性(朝顔斎院とか)にぶつけても効果は無かったと思うので「完全無欠の口説き文句」では絶対に無いけれど。垣間見をする、懸想の和歌を贈る、会えなくて元々で女の家に通いつめる、という手続きの一切を飛び越えて、「この人にだったら触られても良い」と女に思わせる言葉を「花宴」の光源氏はたまたま、朧月夜に対して吐くことが出来た、という感じでしょう。

いや、1000年前と比べたら、随分男の人は優しくなったものです。しみじみ。まぁ、現代人だって「食事に連れて行く」だの「遅くなったら車で送ってやる」だの「煙草に火を点けてやる」だのいろいろ手続きを踏んで「これだけして貰ったんだから今更断われないな」と女に思わせてから「そろそろお返ししてくれませんか?」という感じでセックスに持ち込む人が居ないとは言えないし。「口説き文句」って、女にそういう負い目を感じさせずに、ちゃんと自分に靡かせるための試験だと思います。対決に参戦なさる諸兄には是非「現代人の証明」くらいの気迫で取り組んで戴きたいものです(嘘。お気軽に御参戦くださいまし)

あ、上の『源氏物語』の引用は総て新潮日本古典集成に拠るものです。現代語訳(のようなもの)は総て私が勝手にした意訳ですから、間違ってもそのまま信じて解答用紙に書かないように。今更なんですが和歌の訳って難しいですね。


余談ですがうちの母は件の「さんすう」の問題にけちをつけ、私に「それ、小学校二年生並みの暴言」と指摘されたところ「こういう発想が想像力を鍛えるのよ」と切り返しました。我が母ながら凄い。私の無駄な想像(というか妄想)力はこの母と23年間接することで培われたものなのだと改めて感じました。ちゃんちゃん♪